地震の話。

昨日の夜、地震がありましたね。

寝ようと思って準備をしていた時にガラケーとスマートフォンから緊急地震速報が聞こえて、

市の防災放送でもどこか近所の2ヶ所のスピーカーから同じチャイムがダブルで聞こえました。

取り急ぎ落ちたら困るものを床の上に置いて、寝室のドアを開けてリビングに明かりをつけて

サーフィンのように腰を落として身構えて揺れが来るのを待ちました。

もう27年前になりますが、兵庫県南部地震の際に姫路の山奥に住んでいて、

1月17日の早朝6時前だったと記憶していますが、

当日は前日の夕方にコーヒーと紅茶を飲んだために眠れなくなっていて、ベッドの布団の中で眠ることが出来ずに朝方までゴロゴロしていたのですが、

山の木が妙にザワザワ言い始めて、鳥か獣か分かりませんが、何かが何頭か悲鳴を上げるように鳴き出したような気がします。

今まで聴いたこともないようなゴゴゴというような地鳴りの音が聞こえてきて、

これは何か来る、

と布団の中で身構えていましたが、

コーヒーと紅茶を飲んだせいで明け方まで一睡も出来ておらず、言わば「アイドリング状態」で布団の中で待機していましたので、

揺れが始まった瞬間に飛び起きて取り急ぎ天井まである本棚2つを押さえました。

姫路市まで来ると人的物的被害は殆ど無かったのですが、

余震が凄かった。

1週間ぐらい、一日中カタカタと3~5分おきに建物が揺れるのです。

最初は気にしていなかったのですが、何十回も揺れるとまたアレが来るのかと思えばそれで心臓がドキドキして来てそれがストレスでした。

日本には「言霊信仰」ってあって、

言語そのものに霊力が宿っているとする信仰で、言葉にして発すると良くも悪くもそれが実際に起こると考える信仰で、

「縁起でもない」って言うアレですが、

防災に関しては悪い方に作用していると思います。

コロナの対応が後手後手に回っているのもそれが原因と思います。Ο株の件もすぐ来るのは分かりきっているのに初動は「遅れた」のでは無いかと思います。

南海・東南海地震は我々が生きている間に必ず来るものですので、準備だけはしておきたいものです。

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年賀状の当選番号チェックの話。

Ο株の影響で今週頭ぐらいから超ヒマです。

仕事が整体業なので、お客様の身体を触らないわけには行きませんので、感染対策は可能な限りしますが、間合いが近くならざるを得ない。

積極的に「来なさい」とも「来てください」とも言いにくい状況です。

これだけ寒いと、施術中に窓も開放できませんので。

このウイルスは、感染しても無症状の場合がかなり多いようですので、誰が持っているのか全く分かりません。小学生の頃に「ババ抜き」をもじって「ジジ抜き」という名前のトランプゲームを時々していましたが、

ジョーカーを抜いたトランプから誰にも解らないように更に1枚抜いて、それで「ババ抜き」をします。

ゲーム中は何が「ババ」か誰にも分かりません。最後の最後に、誰かが1枚だけ持っていたカードが「ババ」です。

やってみると分かりますが、ジョーカーがどこに行ったとか推理できることもなく、「回ってきた」「あっちへ行った」とか解るものでも無く、

淡々と「作業」をするだけになってあまり面白くは無い。

何かそんな「糞つまんないゲーム」に付き合わされているような、3年目に入りましたがそんな感覚です。

で、今週は「間接作業」に当たっています。

年賀状の当選番号チェックなのですが、何年か前にどこかで見つけたのですが、下2桁だけチェックすると割と簡単に調べられます。

今年は下2桁が00番台と50番台に集まっているようです。そして1等が当たった人には漏れなく3等の切手シートも当たると、そういう年回りのようです。

私は切手シートが1枚だけ当たっていました。

1等とか、年賀状を毎年100万枚貰う人なら毎年当たるのでしょうが、

まあ無理ですわ。

チェックリストには毎年一応入れていますが、2等でも無理。

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quarante-huit ans

今日で私も quarante-huit ans になりました。

年齢が解らないようにお上品におフランス語で書いております。

Ο株がこれだけ派手に出回ると流石に派手な誕生日パーティーは開催出来ませんので、昨日が定休日でしたので昨日の夜に家族3人で手巻き寿司とケーキでお祝いをしていただきましたが、

6歳の娘を保育園に迎えに行って、そのままケーキ屋さんに直行した際に、

ケーキ屋さんの入り口になんとかくん、なんとかさん、と名前が書いた黒板が置いてあるのを娘がみつけて、

これは何かと私に訊いてきます。

これは上に HAPPY BARTHDAY と書いてあるのでお誕生日の人は名前を書いて貰えるんだと思うよ?

みたいな話をして、

流石に quarante-huit ans にもなってケーキ屋さんの店頭に

ひでまさくん お誕生日おめでとう

みたいなのを書かれた日には恥ずかしいと思うので、それはご遠慮いたしました。

ケーキに蝋燭を quarante-huit 本建てるのも、無理ですよね。ケーキがハリネズミみたいになるから止めとけと嫁に言われました。

そもそも3人ですので、ホールケーキを嫁に頼んだら却下されました。カットされたケーキ。3人でめいめい好きなものを選んで、私は特別に2つ買って貰いました。

48本も蝋燭を建てると一息で吹き消せるかどうか心配です。だんだんそんな歳になってきました。

4回目の歳男です。

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電気工事とモールスの話。

前回の記事の続きで、

嵌められなかったカバーは鋸で切って無理やり嵌めました。

私が俗に言う天才です♡

うっせぇ うっせぇ うっせぇわ。

どうだっていいぜ(電気的に)問題はナシ。

いやこれはただの「マヌケ」ですが、天才の人って「誰でも思いつくけど何かの制約があって誰もやらないことを常人離れした精度でやってのけてしまう人」だと思います。

だから「紙一重」と言われてしまう。

娘の保育園でこの曲が流行っていて、クラスの半分ぐらいの子が一日中この歌を唄っているらしいです。今朝も「うっせぇわを出してくれ」と催促されました。

保育園の先生から「糞餓鬼」と思われていないか、お父さんちょっと心配。

モールスの練習は正月の間にだいぶ進めましたが、

スピードを上げるとインチキな「草書体」で書かないと間に合わない。

カタカナの草書体って私は見たことが無いのですが、ペンで縦書きするとカタカナも上から下に向かってサラサラと続けて書くようになっていることが分かります。

ただ、この10年ぐらい「ペンで文字を書く」という習慣が無くなっていて、本気で書こうとするとペンを持つ手の筋トレが必要かもです。

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漢字と土佐日記と電気工事の話。

娘が漢字を書くようになりまして、

嫁が持ってるすみっコぐらしの映画の本をみつけてきて、

漢字にルビが振ってあるのでこういうの好きなら読めちゃうようです。それで簡単な漢字を書いて練習しているようです。

どのみち4月から小学校に入れば来年の今頃には習う漢字なのですが、やったらいけない理由も無いし勉強はやりたいときにやりたいことをやるのが一番良いので好きにさせてます。

それで、絵本を良く読むのでいちいち全部買ってたらキリが無いので嫁と図書館に行って本は借りるようにしています。

ついでにお父さんが借りてきた本。

森山京「21世紀によむ日本の古典4 土佐日記・更級日記」ポプラ社(2001)

両方とも国語の古文の時間に出てくる有名な作品で、作者が誰かぐらいは知っていますが、マトモに読んだことはありませんので、

現代語に「翻訳」してあるシリーズ本がありましたので借りてきました。

はつかいち市民図書館の入り口を入って、中をそのまま真っ直ぐ進むと突き当りの壁のあたりにあります。

土佐日記は紀貫之の有名な「男もすなる日記といふものを、女もしてみむとてするなり。」で始まるアレですが、

中学でも高校でも国語の時間に「旅行日記」と習いましたのでそう思っていましたが、潮待ちとか風待ちとかはただの舞台装置で、本題は全く別の場所にあります。

高知での4年間の任務を終えて京の自宅に帰宅するまでの50日間の日程を書いたものですが、

高知から京都までの距離は1000年前も今も変わりませんので、歩いて帰ればもう少し早いのだろうと想像しますが、任地の高知は船で2ヶ月近く掛けて帰って来ることを考えると現代の感覚で言えば「南極大陸」ぐらいの感覚でしょうか?

その南極大陸に、文中に言及されてはいませんが「何かを置いてきた」。

その「本題」が無ければわざわざ文章にしなかったのでは無いかと想像しますし、旅日記を装って第三人称を使って書かれたのもそれが理由と思いました。

紀貫之氏は役人として公務で派遣されていますので、この文章を公表して、誰が何を書いたか明言することを避けたのだと想像します。

あと、高知には同名の銘菓がありますが、土佐日記に限らず有名な文学作品の名前が付いているお土産を買ってくる際には気をつけなければならない。

文学作品や映画の場合は特にネタバレを防ぐためにあらすじはぼかして書いてある場合がありますので、ちゃんとそれ読んだり観てから買って来ないと下手に贈ると人間関係が破綻する場合があるのではないかと想像します。

まあそのくらい衝撃的でした。ただの2ヶ月足らずの旅日記が1000年以上残っている理由が解る。

現代語訳で60ページぐらいですので、時間があれば読んでみてください。

更級日記も1008年生まれの女性(菅原孝標女)が書いた作品ですが、今が2022年ですから「ちょうど1000年前」に生まれた女性が書いた作品ですが、

人間の悩みは現代も1000年前もそんなに変わっていないのでは無いかと想像します。私は男なのでピンと来ない場所も多かったのですが文化や風習の違いはありますが違和感なく普通に共感しながら読めるのが凄いと思います。

もう1点、

正月休みの間に、横着をするために頑張って努力しました。

枕元に電気のスイッチを付けた。寝たまま手を伸ばしただけで電気が消せます。

家の電線に直接結線しようとすると「電気工事士」の免許が必要なのですが、

電線をカバーに通さずに結線しました。

蓋ができないので悩んでおります。

ここらへんが「素人電気工事士」の限界だと思います。

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