年度末の話。

我々自営業者は年末が年度末ですので、
今日は昼から締めの作業をしております。
サラリーマン時代に、3月に入ると上の方でエラい人たちがバタバタやっていたのは
これだったのかと、
社長の仕事から新入社員の仕事まで、
1人で全部をこなすようになってから知ったことであります。
現金と商品の在庫の数を数えて、帳簿に反映させる訳ですが、
整体業と言うのは仕入れや仕掛りがあるわけでなく、
商品の在庫も大してありませんので、
昼から始めて15時頃には終わっちゃいました。
会計ソフトが素晴らしいので、来年3月までに税金をいくら払えば良いのかも
今日この時点で解っちゃいます。
手元の10円玉を数えている時に見つけたのですが、
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昭和49年生まれの10円玉です。
人間で言えば団塊ジュニア世代、第二次ベビーブーマーどまんなかなのでありますが、
私と同じ年に生まれて、どこをどう回ってきたのか、たまたまこの年末に私の手元にあります。
来年は私も10円玉も40歳になりますが、
この10円玉も40年間、世間に揉まれて少し角が取れてきた感じでしょうか。
これが探してみると平成生まれの10円玉に混じって結構出てくるんです。
手元の最高齢はこの方でしょうか。
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昭和29年。49年生まれの私が40歳ですから来年で還暦になります。
60年間お疲れ様です。
縁にギザギザがついている10円玉は最近珍しいのですぐに分かりました。
平成元年。
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調べてみたところ、慣例で元号が変わった最初の年は1年と書かずに元年と記述するようですね。
平成であれば平成元年になります。
役所など、公的な機関に提出する文書に元号を入れる必要がある時は
気をつけるようにしようと思います。
ふと思い立って、造幣局のサイトで年毎の発行枚数を調べてみました。
http://www.mint.go.jp/coin/data/nenmeibetsu.html
良く解らないのでグラフ化してみました。
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やっぱり昭和49年生まれの10円玉がダントツで一番多い。
グラフの一番とんがっている所が昭和49年です。
手元にも多い筈です。
今年は明日まで営業して、年明けは6日から始める予定です。
1月はまだ予約に余裕がありますので、ご連絡をお待ちしております。
広島ブログ

あごの自販機

今日は嫁が休みだったようで、
こんなものをみつけて買ってきたようです。
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だし道楽
中に焼いた「あご」が1本まるごと入っています。
よくボトルの口から中に入りましたね。
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「あご」とは、長崎県近海で漁獲される「とびうお」のことだそうです。
三越の近くの自動販売機で売っているようで、
結構売れているようです。
自販機で「だし」を売っているのも驚きですし、
「あご」が1本まるごと入っているのも驚きです。
岡本太郎先生によれば、
なんだこれは!
こんなものは、今まで、
見たことがない!
と人に言わせるものが芸術なんだそうですが、
これは「芸術」なのかも知れません。

くまモン

志村ー。後ろ後ろ-。
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クマは雑食性の猛獣です。
熊本はもともと「隈本」と記述していたそうです。
加藤清正が城の完成を祝って「熊本」と書くように改めた、とのことです。
大坂→大阪 みたいな感じなのでしょうか。
とすると清正公が表記を改めなかったら今の「くまモン」はクマではなくて、
目の下にできる隈だったのかもしれないです。

くまモンの職業は「公務員」なんだそうです。
そういうところは変にリアルです。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%8F%E3%81%BE%E3%83%A2%E3%83%B3
そうするとメタボが気になる年頃ですので、
私と同年代なのだと思います。
広島で「くまモン」のポジションには誰が居るのでしょうか。
語呂が合うので「ヒバゴン」でしょうか。
「ヒバゴンヒバゴンヒバゴン…」と10回唱えてから上の動画をもう1回見ると
大変なことが起こるかもです。

熊本 その2

熊本 http://www.hatsukaichi.tonton.asia/weblog/archives/6200
(前回の続き)
熊本城、なのですが、
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1600年に加藤清正によって天守が完成したそうですが、
1877年(明治10年)西南戦争の時に焼けてしまっています。
西郷隆盛が焼いたのか、攻撃目標となる前に自分たちで焼いてしまったのかは不明ですが、
「原因不明の出火」だそうです。
現在の建物は1960年(昭和35年)に再建されたもので、
鉄筋コンクリート造りです。
それでも築50年以上経っている訳ですが、お城として考えるとピカピカな新しいものに
感じてしまいます。
修学旅行中の中学生の列に紛れて、鉄筋コンクリートの階段を登って行きます。
階段をヒーヒー言いながら登ったところで、良いことを教えて貰います。
櫓が築城当時そのままだから、こちらもぜひ登ってみてください、とのことです。
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こちらも頑張って階段を登ります。
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柱にノミで削った跡がついています。
カンナのようなものは使わなかったのだと思います。
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渡櫓で良いのでしょうか。
廊下の中です。
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手ブレ防止のため、三脚もないので床に置いて撮るしかなかったのです。
機能的なものは美しいと思います。
(次回へ続く)

熊本

熊本に行ってきました。
くまもん
かごに乗って行ってきました。
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かごではありませんが、車で行ってきました。
かごと似たようなものだと思います。
嫁が仕事の都合で一緒に出られませんでしたので、
私だけ車で先行して、嫁は仕事が終わってから新幹線でぶっ飛ばして追いかけて来ます。
私はこの日は早めに出て、阿蘇山を回ってから熊本に入る予定だったのですが、
ごそごそしていたら昼になったので、吉和ICから中国道経由で熊本に向かいます。
先に宿のチェックインを済ませて、2人分の荷物を1人で全部運び込んでから
バスに乗って熊本駅に向かいます。
ついたらちょうど新幹線が到着したところで、
仕事帰りの嫁が手ぶらで出てくるのを出迎えます。
人生、たまには奥さん孝行もしなければならない。
20時前に広島駅を出ると22時前に熊本駅に着きますので、
広島から京都へ行くのと同じぐらいの時間だと思います。
熊本は意外と近いです。
あんたがたどこさ、肥後さ、肥後どこさ、熊本さ、熊本どこさ、船場さ
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船場山にはたぬきが居ってさ、それを猟師が鉄砲で打ってさ
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あの歌の船場がこんなところです。
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嫁の希望が「熊本城が見たい」だったので、
私はひたすら着いて行きます。
写真は、加藤清正公です。
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中学生の頃、授業中に酔ったおじさんが乗り込んできて、
わしは「加藤清正」じゃ
と言っていたことを思い出しました。
清正公のところから坂を登って行くと、熊本城が見えてきます。
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清正公は、嫁が言うには「築城の名人」なんだそうです。
嫁は「歴女」なんだと思います。
正面、不開門。英語で言うと Akazuno Gate だそうです。
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Akazuno Gate はこの日は全開でした。
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昔は閉まっていたのだと思います。
表に出るとこんな感じです。
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小学生・中学生・高校生まで、
遠足か修学旅行かは解りませんが、学生さんがたくさんいました。
同じ小学生でも違う制服を着ている人たちがいましたので、色々な学校から
たくさん来ているのだと思います。
(次回につづく)