あけましておめでとうございます。

正月休みを使って、
「急がないけど、片付けなければならない仕事」を
順番に片付けて行っているところであります。
今年も良い年になりますように。
今年は初めて、写真を裏面一杯に使った年賀状を作ってみましたが、
パソコンの画面で見て良い感じになっていても印刷すると
変に暗かったり、字が読めなかったり、画面で見えるそのままが
印刷されるわけでは無いので色々大変でございました。
画面上で光を足していくと段々明るくなって行きますが、
プリンター上で絵の具を足していくと段々暗くなっていくんですよね。
画面上では何も光を出さないと真っ黒で、色をつけていくたびに明るくなって、
最後は真っ白になりますが、
白い紙には何も塗らない状態が一番真っ白で、紙に絵の具を乗せるたびに
絵の具の分だけ暗くなって行きます。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8E%9F%E8%89%B2
画面上では私の向かって右側の文字がきれいな緑色で光って出ていますが、
これが画面上で緑だけ目一杯出した色なのです。
絵を描く方はわかると思いますが、緑の絵の具を薄めずに使うとかなり濃い色に
なります。
結局、文字は黒にして印刷しましたが、思った色が出てくれないので
プリンターの調子が悪いのかと思って色々往生しました。
年賀状の印刷1つとっても、いろいろ勉強になります。
来年はもう少し上手にやろうと思っております。
年度末の話。
我々自営業者は年末が年度末ですので、
今日は昼から締めの作業をしております。
サラリーマン時代に、3月に入ると上の方でエラい人たちがバタバタやっていたのは
これだったのかと、
社長の仕事から新入社員の仕事まで、
1人で全部をこなすようになってから知ったことであります。
現金と商品の在庫の数を数えて、帳簿に反映させる訳ですが、
整体業と言うのは仕入れや仕掛りがあるわけでなく、
商品の在庫も大してありませんので、
昼から始めて15時頃には終わっちゃいました。
会計ソフトが素晴らしいので、来年3月までに税金をいくら払えば良いのかも
今日この時点で解っちゃいます。
手元の10円玉を数えている時に見つけたのですが、

昭和49年生まれの10円玉です。
人間で言えば団塊ジュニア世代、第二次ベビーブーマーどまんなかなのでありますが、
私と同じ年に生まれて、どこをどう回ってきたのか、たまたまこの年末に私の手元にあります。
来年は私も10円玉も40歳になりますが、
この10円玉も40年間、世間に揉まれて少し角が取れてきた感じでしょうか。
これが探してみると平成生まれの10円玉に混じって結構出てくるんです。
手元の最高齢はこの方でしょうか。

昭和29年。49年生まれの私が40歳ですから来年で還暦になります。
60年間お疲れ様です。
縁にギザギザがついている10円玉は最近珍しいのですぐに分かりました。
平成元年。

調べてみたところ、慣例で元号が変わった最初の年は1年と書かずに元年と記述するようですね。
平成であれば平成元年になります。
役所など、公的な機関に提出する文書に元号を入れる必要がある時は
気をつけるようにしようと思います。
ふと思い立って、造幣局のサイトで年毎の発行枚数を調べてみました。
http://www.mint.go.jp/coin/data/nenmeibetsu.html
良く解らないのでグラフ化してみました。

やっぱり昭和49年生まれの10円玉がダントツで一番多い。
グラフの一番とんがっている所が昭和49年です。
手元にも多い筈です。
今年は明日まで営業して、年明けは6日から始める予定です。
1月はまだ予約に余裕がありますので、ご連絡をお待ちしております。

あごの自販機
くまモン
志村ー。後ろ後ろ-。

クマは雑食性の猛獣です。
熊本はもともと「隈本」と記述していたそうです。
加藤清正が城の完成を祝って「熊本」と書くように改めた、とのことです。
大坂→大阪 みたいな感じなのでしょうか。
とすると清正公が表記を改めなかったら今の「くまモン」はクマではなくて、
目の下にできる隈だったのかもしれないです。
くまモンの職業は「公務員」なんだそうです。
そういうところは変にリアルです。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%8F%E3%81%BE%E3%83%A2%E3%83%B3
そうするとメタボが気になる年頃ですので、
私と同年代なのだと思います。
広島で「くまモン」のポジションには誰が居るのでしょうか。
語呂が合うので「ヒバゴン」でしょうか。
「ヒバゴンヒバゴンヒバゴン…」と10回唱えてから上の動画をもう1回見ると
大変なことが起こるかもです。
熊本 その2
熊本 http://www.hatsukaichi.tonton.asia/weblog/archives/6200
(前回の続き)
熊本城、なのですが、

1600年に加藤清正によって天守が完成したそうですが、
1877年(明治10年)西南戦争の時に焼けてしまっています。
西郷隆盛が焼いたのか、攻撃目標となる前に自分たちで焼いてしまったのかは不明ですが、
「原因不明の出火」だそうです。
現在の建物は1960年(昭和35年)に再建されたもので、
鉄筋コンクリート造りです。
それでも築50年以上経っている訳ですが、お城として考えるとピカピカな新しいものに
感じてしまいます。
修学旅行中の中学生の列に紛れて、鉄筋コンクリートの階段を登って行きます。
階段をヒーヒー言いながら登ったところで、良いことを教えて貰います。
櫓が築城当時そのままだから、こちらもぜひ登ってみてください、とのことです。

こちらも頑張って階段を登ります。

柱にノミで削った跡がついています。
カンナのようなものは使わなかったのだと思います。

渡櫓で良いのでしょうか。
廊下の中です。

手ブレ防止のため、三脚もないので床に置いて撮るしかなかったのです。
機能的なものは美しいと思います。
(次回へ続く)


